セツ・モードセミナーの閉校によせて

2015年07月31日

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セツ・モードセミナーに入るまで

今ではもう記憶も曖昧なのですけれど、私がセツ・モードセミナーの門を叩いたのは1998年のことだったと思います。
当時、私はある企業に勤めておりましたが、Macを使ってイラストを描くことを趣味としており、インターネットの世界が広がったことで、少しずつ自分の日常が変わり始めていました。

「自分にも何かもっと今と違うことができるかもしれない」

と漠然と感じていた希望と不安の時代でした。

ただのOLだった私が、独学でHTMLを書いて自分のイラストをネットに公開した1週間後、九州の新聞社からメールが来ました。「コラムの連載のイラストを描いてほしい」との依頼です。まだ、インターネットにホームページを公開しているイラストレーターが少なかったので、目にとまりやすかったのだと思います。

そうこうするうちに、

「イラストレーターか、デザイナーとして仕事をしてみたい」

と思うようになり、セツ・モードセミナーの入学願書を出しました。
石川三千花やメグ・ホソキなど「有名なイラストレーターを多数輩出している」ということがセツに通うことを決めた一番の理由でした。

セツでは入学試験などはなく、抽選で入学が決まります。私が入学する数年前は、先着順だったそうですが、申し込み前日から並ぶほどの人気ぶりで、その後先着順をやめて抽選になったそうです。

セツ先生との出会い

最初の授業の日、私は長澤節という人物がどういう人なのか、男性なのか女性なのかも全く知りませんでした。黒木先生・星先生から生徒に向けての一通りの説明が終わった後、いよいよセツ先生が前に出て、脚立に浅く腰掛け、生徒全員の方に視線を向けてこう言いました。

「ようこそ、セツ・モードセミナーへ」

その一言だけで、部屋中の空気がピンと張りつめた、あの時の第一印象は忘れられません。セツ先生は、身体からまさにオーラのようなエネルギーを発している人でした。

ピンクのシャツをゆったり着て、細いスパッツに膝近くまであるブーツ。キャップを被って色つきの眼鏡をかけているやせっぽちの人。男性とも女性とも言いがたい、風貌。おそらくこの時、すでにセツ先生は80歳を過ぎていたかと思われますが、こんな人を私は見た事がありませんでした。この服装は不思議と似合っていて、後ほどこれが「セツ・スタイル」なのだなと理解しました。

一歩入ると、外の喧噪とは無縁の別世界

セツ・モードセミナーの校舎は、およそ日本建築とはかけ離れた不思議な建物です。あえていうならフランス風というのでしょうか。蔦の絡まる真っ白な外観。階段を登ってドアを開けると、吹き抜けの広い部屋が広がります。
手前には事務所の受付。授業のスケジュールが書かれた黒板。
その先にはソファが並べられており、白い額縁に入った生徒の作品が飾られています。校舎というより、居心地のいいアトリエという雰囲気でした。

テラスに出ると、様々な植物が育てられていました。丹誠込めた花壇、というよりは無造作な自然の花たち。ベンチは手作りで、そこにあるなにもかもが素敵な空間だったことを鮮明に思い出します。

セツでは、90年代後半に普及しはじめていた携帯電話は、たしか使用禁止だったと記憶しています。それだけではなく、ペットボトルやお弁当、お菓子なども持ち込み禁止だったのは、おそらく「外から持ち込む雑多なパッケージデザインを極力排除するため」だと思います。

室内に余計なものがないということは、真摯に絵と向き合うためには大切なことです。校舎に入ると、いつも気持ちがスッと落ち着き、外での喧噪を忘れてデッサンや水彩の作業に集中することができるのでした。

美味しかった一杯の珈琲

ペットボトルや缶ジュースなどの持ち込みはできませんでしたが、授業の休憩時間には、黒木先生や星先生らが豆から挽いて淹れてくれる、最高に美味しい珈琲を飲むことができました。たしか一杯50円だったでしょうか。部屋中に広がる珈琲の香りを楽しみながら、友人ととりとめのないおしゃべりをしていました。

絵の描き方を教えない美術学校

セツ・モードセミナーは「絵の描き方そのものは教えない学校」です。美術の歴史も、色彩学も教えませんし、卒業後は就職先の斡旋も、全くありません。生徒達は、ただひたすら被写体と向き合い、デッサンを繰り返し、他人の絵を見ながらディスカッションし、それぞれの個性を認め合った上で、いいと感じたことを自分の絵に生かしていくのです。

当時の私にとっては、前職を辞め、Webの制作会社でアルバイトをしながら通っていましたので、外部の喧噪から逃れて、静かに被写体と向き合う時間は本当に大切なものでした。

セツ先生のデッサン

ポーズをとったモデルさんを生徒達がぐるっと取り囲み、人物デッサンをしているときに、階段を登ってくる足音がしたかと思うと、節先生が教室に顔を出すことがたびたびありました。
先生のデッサンはものすごく速いです。5分くらいでモデルの全身を画用紙いっぱいにサラサラと描いたかと思うと、黒板に張りだします。

その絵の躍動感たるや!

決して写真のようにモデルそのものの正確な線を表現しているわけではないのですが、適当にシャッシャッと描いているように見える一本一本の線が、それぞれ意味を持ち、全体の微妙なバランスを保ち、躍動感を生み出しているのです。一目で見て、「長澤節の描いた絵だ」とわかる素晴らしいデッサンでした。

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群像デッサンの様子。生徒が交代で複数人モデルとなる。

大原の夏合宿

セツ・モードセミナーでは毎年夏に、千葉の大原という海辺の町で合宿を行ないます。これもまた、「何かを教える」ものではなく、海辺の美しい景色を水彩でひたすら描く、という合宿です。
私は1998年の夏に参加し、漁港やのどかな田園風景を水彩で描き、友人とのひとときを楽しみました。

Webデザイナーとして転職、セツ先生の死

翌年の1999年、私はWebデザイナーとして制作会社に勤務することになり、非常に忙しい生活を送っていました。月曜日に出社したら土曜の昼まで帰れない、というような徹夜続き、泊まりがけの仕事が多い中、なかなかセツに通うことができなくなっていました。

そんな夏のある日、「セツ先生が亡くなった」という連絡を友人から受け、学校のある舟町のモスバーガーに数名で集まりました。
大原の夏合宿中、自転車に乗っていたセツ先生が転倒して骨折し、そのまま入院して亡くなったとのことです。
大好きな美しい大原の景色の中で、人生の幕引きとは。軽やかな先生の生き様が、亡くなりかたにも表れているような気がしました。

「先生にもう一度会いたかった」
「これからどうなるんだろう」
「学校はなくなっちゃうのかしら」

各々が不安をこぼしていましたが、結局セツ・モードセミナーはなくならず、引き続き生徒達は通い続けることができて、無事、私たちは美術科を卒業しました。卒業証書には、セツ先生のデッサンが全面に描かれたものをいただいた事が思い出のひとつです。

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現在の私

現在、私はフリーランスのWebデザイナーとしての活動も15年となります。
住まいは以前と同じように新宿区在住で、セツの校舎がある舟町を自転車で通ることもよくあります。子どもが生まれた2003年頃、どうしてもデッサンをやりたくなってセツを訪れたことがありました。
建物は以前と変わらずでしたが、事務所の人に「外部の人が単発で授業に参加することはできない」と断られてしまいました。
残念でしたが、その時は自宅で身の回りのものや、生まれたばかりの息子をひたすらデッサンしました。

セツに通っていた頃の事を思い返すと、単に懐かしい気持ちになるだけでなく、セツ先生から学んだことについて考えさせられます。

私はいま、美しいものを美しいと感じることができているだろうか?

日々の生活に追われて、自分の心とじっくり向き合うことができていないんじゃないか?

「いい線出てるよ。よーく見て!」

デッサンの時にセツ先生が仰っていた言葉を思い返しながら、自分の心に問いかけます。


共著書および執筆協力している本

効果的なアプリ/Web開発のための コラボレーションツール活用入門
単行本:¥3,229
[ 2016年10月発売 ]
 
HTML5+CSS3でつくる! レスポンシブWebデザイン
単行本:¥2,786
[ 2016年3月発売 ]
 
ビジネスサイトをこれからつくる WordPressデザイン入門 サイト制作から納品までのはじめの一歩
単行本:¥2,592
Kindle版:¥2,400
[ 2016年2月発売 ]
 

コメント8件

  • ローレン | 2015.08.25 17:33

    私もかつては、セツモードセミナーに通っていました。本当に、素晴らしい学校であったと思います。それから、個性的な生徒さんや先生方、本当にとても良い想い出です!
    しかし、私の仕事の都合で1級で終える事となってしまいました。しかし、現在は、自分は洋画家として活躍しています!セツ先生のおっしゃいますように「美しいものを素直に美しいと感じるかどうか」というのは、とても感動した言葉です。
    セツモードセミナーが閉校になってしまうのは、とても残念ですが、セツ先生の残してくれた言葉や魂は、私たちの心に永遠に残るでしょう!

  • pixeldesign_wp | 2015.08.25 21:55

    ローレンさんもセツに通っていたのですね。
    洋画家としてご活躍とは、素晴らしい!

    あの頃を思い出すと、不思議な気持ちになります。
    「セツに自分がいたあの風景」そのものが何か受け世離れしたような、特別な世界だったような気がします。
    ですがセツ先生がいたことは紛れもない事実で、ローレンさんの言葉の通り、私たちはその魂を受け継いで行くのだと思います。

  • tutumi | 2016.07.03 18:37

    はじめまして!
    今何気なく 長沢節を検索しました。懐かしさとともに.
    私の頃、「君たちには飲めないだろう」と言いながらブルマンを
    飲んでました。笑)
    セツは強烈な思い出として残ってます、細い淡泊さが今でも好き。
    当時はセツに見られるだけで恥ずかしく後ずさりしてましたが
    一番好きな男性像だったと気付きました。
    もっと沢山、セツについて話せたら嬉しいです。

  • pixeldesign_wp | 2016.07.03 20:23

    tutumiさんが通っていたのは、何年頃ですか?
    私が通っていたのは亡くなる年とその前年でしたが、若い頃のセツ先生はどんなだったのかなー、なんて考えたりもします。

  • tutumi | 2016.07.07 1:24

    お返事ありがとうございます。
    ふっとセツさんを思い出し検索して訃報を知りました。
    私は樹木希林と同年です。 当時のセツさんは凄く大人に見えました。 三島由紀夫と親交があるなんて知りませんでした。
    「セツへ行けよ」と勧めてくれた友人達は知ってたのかもしれません。 生徒に何でもズケズケはっきりモノ言う人でした。
    この話はそのうちに(少し恥ずかしいので)
    憧れると真似たくなるのか? 私も当時の体形を保ってます。
    整形外科の医者さまが「あんた若いね!」でした笑)
    教える学校ではなくで
    セツが描くその後を生徒がついていく活気ある
    ところでした。最後にセツが全て評価してくれました。

    ぎょろっとした目でぶれない言葉で。
    「あんた日本画に行ったら」の一言でぶちのめされた私です。笑

  • eijiu 玉造 | 2016.10.28 17:38

    ご検討ください。

    2016年10月25日
    セツ・モードセミナー卒業生 並びに関係のイラストレーターの皆様 各位
    ギャラリーゑいじう
    新宿区荒木町22-38
    電話 03-3356-0098 or 090-8586-4031 mail eijiu@dk2.so-net.ne.jp
    皆さま方には、既にご存知のことと思いますが、セツ・モードセミナーは、創設者の長沢節さん (1917~1999)の生誕100年を機に、来春、2017年4月をもって閉校されるとのことです。
    セツ先生の長年の夢だった本格的な画学校を、新宿区の舟町にユニークな建物と共に発足させた のが、1965年。そして来年で50有余年になりますが、この間、ファッション界、イラストレーター 界に多くの名だたる方々が巣立っております。
    学校としては、閉校にあたって、セツ先生の偉業を讃え、弥生美術館でセツ先生の生誕100年記 念展の開催(予定)と承っております。
    私ども、ギャラリーゑいじうは、隣町ということもあって、セツの在校生、卒業生と親しくおつ きあいさせて頂いてきました。そのご縁から、この機会に卒業生および関係者の皆様の参加を得ま して、自由で上品な美しさを湛えたセツ・モードセミナーの閉校を見送る展覧会ができないか、企 画いたしました。
    学校のオーナーにご相談したところ、そういうことなら是非にとの了解を頂いております。大変、 手狭な会場ではありますが、多くの方々にご参加いただいて、併せて旧交を温め、さらなる画業の 発展に資する契機になればと願っております。
    ご参加、ご意向のほど、よろしくご検討いただけますようお願いいたします。
    開 催 日 展示作品 お 返 事
    2017年4月1日~23日
    お1人1点(サイズ A3 以内) 2016年12月1日までに、返信お願いします。
    ご案内は 主にIllustration FILE 2016 の登録メンバーから、選ばせていただきました。登録され ていない方でセツと関係が深い方がおられると思いますので、お心当たりがございましたら、ご紹 介いただければ幸いです。
    なお、ゑいじう については、別紙のとおり簡単な紹介文を添えました。ご参照ください。 早々

    ギャラリーゑいじう、について
    ゑいじうは2000年4月1日、新宿区荒木町の住宅街の片隅にコーヒー&ギャラリーとして、開設。 既に16年が経ちました。脱サラのうえ、店舗経営に無知な身でありながら、この間なんとか営業で きたことは、様々なクリエーターの皆様や友人のおかげです。
    特にセツ・モードセミナーとは、学校がお近くだったこともあって、親しくさせていただきまし た。星信郎、黒木葉子、村松法尊各先生をはじめとし、多くの在校生、卒業生の方々から、ご贔屓 を頂いております。
    そんなセツですが、残念なことに、ゑいじうを立ち上げる前年度に、セツ先生の訃報に接しまし た。セツ先生に立ち寄っていただけなかったことが何より心残りです。
    ところで、ゑいじうは今まで多方面のクリエーターの方々にご利用いただいております。セツ関 係以外の主な方々をご紹介しますと、
    絵画イラストレーター関係 スズキコージ、荒井良二、村田篤司、西村玲子、山口マオ、沢田としき、 眼福ユウコ、竹内通雅、わたなべちいこ、YOUCHAN、白水麻耶子、松田奈那子
    マンガ関係 やなせたかし、吾妻ひでお、みなもと太郎、高野文子、さべあのま、五十嵐晃
    陶芸・造形・切り絵関係 長井信行、本多厚二、Roki、やまがたあけみ、竹田邦夫
    さんら。 また、2003年以来、独自に「創作カレンダー展」を開催し、毎回50~60名前後のクリエーター
    の方々が参加されています。
    具体的には、 http://www.eijiu.net でご紹介しております。ご参照ください。

  • ホンダ | 2017.02.05 22:58

    はじめまして!
    セツもとうとう今春で閉校してしまうのですね。
    私が通っていたのは、1994年頃でしょうか…
    あまり真面目な生徒ではなかったのですが、
    品評会で一喜一憂した事、帰りに友人とぶらついていた事が思い出されます。

    あれから数十年、わたくしも現在、フリーでwebデザイン等を生業としながらなんとか頑張っています。
    現在地方在住なのですが、4月の生誕100年展に伺おうかと思います~

  • nina | 2017.05.12 22:32

    通りすがりの者ですが、興味深く、学校の様子が手に取るようにわかる記事をありがとうございます。

    私は細々と絵を描いて活動しているのですが、親友になる方や、共感できる方、共感してくださる方に、セツの出身者の方が多く、皆の根底で共通する「何か」を感じていました。

    オシャレで、凛としていて、清廉潔白というか、その一端がこちらの記事から読み取れたような気がします。

    現役時代には通えませんでしたが、考え方をもっと知り、日々、描くことを欠かさず。私も続けていこうと思えました。

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